核兵器および通常兵器の廃絶をめざす私ですが、実は三島由紀夫大好きなんですよ。あの表現力と人間観の豊かさは、大江健三郎やなんかがたばになっても及ぶものではありません。
そんな三島にとって「究極の幸福」とは。財界の黒幕と呼ばれる男、蔵原武介氏の発言。時代は五一五事件直後。
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「国民の究極の幸福、って何ですか」
と子爵は勢い込んで訊いた。
「わかりませんか」
と蔵原はじらすように、温かい微笑をうかべて、ほんのすこし首を傾けた。(略)皆はこの一瞬に、啓示的な、実に金ぴかの「究極の幸福」の幻を見た。(略)
「わかりませんかね。……それはね、……通貨の安定ですよ」
一同はあまりのことに、却って空虚な戦慄を項(うなじ)に走らせて、黙ってしまった。蔵原は聴手の反応などは一向意に介しなかった。彼の慈愛にあふれた表情には次第に希薄な悲しみが、ニスのように上塗りされた。
三島由紀夫 『奔馬』(1967) 新潮文庫(1977) 176ページ
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経済学にうとい私には、高橋是清を奉ずる蔵原の財政論の是非はわかりません。いずれマーシャルあたりを読み返してみるつもりではいます。
ただ、こういうことをずばっと言ってのけるキャラは大好きです。『美しい星』の火星人父さんに通じるものがあります。それにひきかえ、語り手がしきりに純粋純粋と持ち上げる右翼主人公のくだらなさときたら。大江健三郎の政治少年とどこが違うんだ。