核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

『千一夜物語』(『世界文学大系 73』 佐藤正彰訳 筑摩書房 1964) その3

 「気の毒な不義の子のややこしい物語」。不義密通者やその子にも同情すべき点はあるという主題の物語です。第一夜からこれをやったらシャハラザードの命はなかったところでしょう。八百三十夜までひっぱった甲斐がありました。

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 シャハリヤール王は言った、「おおシャハラザード、あやぶむには及ばぬ。そのほうは確かに、今ようやく始まったばかりのこの不思議な物語のつづきを、われわれに話して苦しゅうない。(略)アッラーは憎むべき女どもを呪いたまえかし。さりながら、この場合は、不義の子の母なる帝王の妃は、良き目的をもって、料理人と密通いたしたにすぎず、おのが内の誘(いざな)いを満足させんがためであったことを、余は認めざるをえない(略)」
 そしてシャハリヤール王は、こう語って、眉をはなはだしくしかめ、白目をもって横目でにらみながら、つけ加えた、
 「そのほうについては、シャハラザードよ、余はようやく思い始めたが、そのほうはあるいは、余が首をはねしめたかの破廉恥な女どもすべてとは、同様ではないかもしれぬな」
 (第八百三十夜 416ページ)
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 ようやくシャハリヤール王は、シャハラザードが物語を通して自分を変えてくれたことに気づきます。そして大団円へ。

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 「そちは、余を啓発してくれた、おお博学にして弁舌さわやかな女よ、そして、余以外の人々の身の上に起こったさまざまの出来事を余に見せ、(略)注意深くとくと考えさせてくれた。まことに、今や、この千夜一夜にわたって、そちの話に耳を傾けた結果、余は、深く一変し、心楽しく、生きる幸福のしみ入った魂を携えて、ここに出てきた」
 (大団円 437ページ)
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 不眠症の暴君に、「生きる幸福のしみ入った魂」を授ける物語。文学とはそうありたいものです。