嘘とは3ディメンジョンを有するものか、CGSの単位式で測定すべきものか。
女中のお細となった細烟女史を相手に、幸福先生の研究が始まります。
今回は改行を補って引用します。お細の発言にご注目ください。
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是より後幸福先生は仲働きのお細を対手にして嘘の研究を始めたり
「オイお細や、昨日私が買つて机の上へ置いた此の青銅(からかね)の洗筆器(ふであらひ)ネ、(略)大層綺麗になつてピカ(踊り字)光つて居が誰が磨いたのだえ」
お細「ハイ私が磨きました、お机の掃除をする時あんまり不潔(きたな)いものが載つて居ましたから綺麗に磨いて置きました」
幸福先生「是れは黒くなつて古色の附いて居る処が価値(ねうち)なので、磨いて了つては更に価値が無くなる」
お細「アラ爾うですか、だつても奥様が磨けと被仰(おつしや)いましたもの」
幸福先生「奥様が磨けと命令(いひつけ)たから和女(おまへ)が磨いたかえ」
お細「イヽエ私ではありません、あのお銀どんで、おちやつぴいのお銀どんが自分の悪戯に遣つたのでせう」
(近代デジタルライブラリー『日の出島 朝日の巻 上下巻』 48/168)
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…幸福先生も感心したくなるほどの嘘吐きっぷりです。三つの発言はそれぞれに矛盾しており、ちょっと考えればすぐばれると気づきそうなものです。
幸福先生もこれは矯正不可能な嘘吐きだと判定したらしく、叱るのを止め、こういう「部類」の分析に専念し、信念に基づいて嘘を吐く「重々しい嘘」ではなく、考えるより前に口先で嘘を吐く「軽々しい嘘」のタイプに分類します。
骨董品ぐらいならともかく、この種の嘘吐きは、「結果に依つては大罪にならんとも言へん」と幸福先生も言っています。当ブログの過去記事のあれやこれを思い起こせば、私も同意します。