嘘の研究を続ける幸福先生の耳に、子供を叱る母親の声が入ります。
早く家に入らないとお灸を据えるとか、言うことを聞けばカステーラを遣るとか言った末に。
「言ふ事を聞かないとお巡査(まはり)さんに連れて行かれるよ、ソラ向ふから来た」
遅塚麗水の「電話機」にも同じような場面がありましたが、明治の子供にとっておまわりさんは大魔ももんがあよりも恐ろしい存在でした。
幸福先生は、「お巡査さんは人民を保護するもので人民を虐るものでない、それを子供の心にお巡査さんと云へば鬼の様なもの怖いものと思はしめるのは甚だ宜しくない」と母親をいさめますが、どんなもんでしょうか。同じ時期(明治30年代)の非戦論や社会主義運動を知っている身としては、あんまり明治のお巡査さんを信頼する気にはなりません。なお、カステーラは坊やがゆうべ食べちまったそうです。