核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

戸締りと軍備の違い

 戦後の一時期、「戸締まり論」が流行ったそうで。他人の「公正と信義に信頼して」自宅に鍵をかけない人はいない(私も厳重に戸締りしてます)、それと同じように日本も再軍備するのが当然だと。現在でもそのように考えている人はいるかも知れません。
 私はつねづねこの論の「それと同じように」の箇所に違和を感じていたのですが、松元雅和氏が私よりもうまく反論してくれました。当ブログではおなじみ、『平和主義とは何か』より。

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 ただし、戸締りをすることと軍隊をもつことの決定的な違いは、後者が様々な副作用をもたらしうるということだ。例えば、自国の軍備の増強が他国にとっての脅威となり、軍拡競争に発展する可能性、政軍産官の複合体が一体となって「必要のない戦争」を国民に押し付ける可能性、軍事同盟国が始めた戦争にどこまでも巻き込まれ、いつしか自国がテロ攻撃の標的になる可能性、等々。こうした可能性もまた、再軍備がもちうる「現実」の一側面である。
 松元雅和『平和主義とは何か 政治哲学で考える戦争と平和中公新書 二〇一三 一七〇ページ
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 ……軍備というのはたとえるなら戸締りではなくて、玄関に大砲を備え付けて、一歩でも入ったら撃つぞと怒鳴っているようなものです。隣近所、とくに向かいの住人にとってはその大砲こそが「脅威」であって、こっちも大砲をすえつけるかとなる。そしてお互いに砲口を向け合って、撃つぞ撃つぞと言い合っている……それが日韓両国を含めた、国際社会の正確なたとえです。
 戸締まりや鍵のいいところは、善良な他人はもちろん、悪人にさえ危害や脅威を加えないことにあります。偉大な発明というべきでしょう。
 もし国際政治の世界で「戸締まり」に相当する、他国に脅威を与えない防衛上の何かが発明されれば、上記のような「安全保障のジレンマ」は解消されることでしょう。核兵器および通常兵器の廃絶も夢ではありません。……それが何になるかは私にはわかりませんが。