核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

文学を殺すものは何か

 挑発的な題ではありますが、今回の論文はこれでいこうと思います。

 「文学は死んだ」「文学は終わった」とはよく言われますが。

 じゃあ、文学をもう一度よみがえらせる方法はないのか?そういう前例はないのか?

 実は明治の前期にも、「文学極衰論」というのはありまして。「文学は死んだ」説はなにも二十一世紀に限ったことではないわけです。文学極衰論が乗り越えられ、忘れ去られたように、「文学は死んだ」論も乗り越えられる可能性はあります。

 では、文学を死なせるものは何であり、生き返らせるものは何であるか……そのあたりを、福地桜痴『女浪人』と、その歌舞伎化を通して論じようと思います。

 なお、私は「文学は死んだ」とは思っていませんが、個々のジャンルについてはそうかも知れないと思っています。小林秀雄の創始になる「近代批評」については、別の論文で扱いたいと思います。