大江健三郎の良いところも悪いところも見逃すまいとじっくり読んでいるため、いましばらく時間がかかりそうです。 おかげで、昨夜は非常に憂鬱な夢を見ました。
さらにその後、『個人的な体験』の結末部や『治療塔』の冒頭部でちょっとだけ見直したり、『治療塔』の2章以降を読んでまた評価を落としたりしたわけです。
結局のところ、大江文学とは救世主待望論にすぎないのではないか、というのが、現時点での私の考えです。
『宙返り』を最後まで読むことで、大江文学の新たな可能性が見えるかどうか。もう少々お待ちください。