2026-03-01から1ヶ月間の記事一覧
『女学雑誌』(1897(明治30)年9月)の「日の出しま鶴亀の巻 芙蓉峯 弦斎作 春陽堂版」という「時文」欄より。 ※ 『鶴亀の巻』とは蓬莱の巻の続きにて、石橋学士の妻お金夫人の離縁談、馨少年の恋情を書くの巻なり。面白、可笑しき事を、ごた(踊り字)に混…
思えば2026(令和8)年3月3日に、メーテル役の池田昌子さんが亡くなった際、追悼文を書きそびれました。今回は、さよならメーテルの思いも兼ねて語ります。 松本零士『銀河鉄道999』は漫画原作版、テレビアニメ版、劇場版で少しずつ設定が違っており、特に劇…
初出は、穹蘆散史という名義で、『鉄欄干』という題名。『郵便報知新聞』1890(明治23)年8月17日から9月12日まで連載され、遅塚麗水『電話機』に代わりました。 東北地方を走る汽車に、鉄橋の欄干(らんかん)から少年が飛び乗ります。けがをした少年は謎の…
私が今書こうとしている『鷲の羽風』論は、人間間の平和についての論文なのですが、動物にまで視野を広げたらもう一本書けるんじゃないかとか考えています。 そもそも『鷲の羽風』は、藤井家が大事に飼っていた鶏を、大鷲にさらわれた事件から始まります。大…
あわてて読むこともないし、余裕のある時に注文すればいいかな、と思っています。 私は現代純文学の最先端にはまったく無知なので、たまには『群像』を読むのも悪くはないのですが。『新潮』は連載『小林秀雄』が気になるので、図書館に行った時にまとめ読み…
村井弦斎『鷲の羽風』は、かつて銃で鷲を退治した人物が、医学の道に転じて世界人類のために貢献する物語です。 それを非暴力への転換と呼べるかどうか。以前私は、「肺病治療も結核菌さんへの暴力じゃないかと、慈悲深い人は言うかも知れません」と書きまし…
「暴力による一国平和から、非暴力による世界平和へ 村井弦斎『鷲の羽風』における平和観の変遷」 ちょっと長すぎる気もしますが、今回の論文の題名は、ひとまずこれに決めて、書いていこうと思います。 いつもなら、「村井弦斎『鷲の羽風』論 暴力による一…
村井弦斎『新橋芸者』(春陽堂 1905(明治38)年)の巻末広告より。 ※ 猛鷲天を蹴り空を搏つて下る、弾丸一発之を洞するものは誰ぞ、全編の骨子悉くこれ深遠なる寓意的構造、其一美人を争ふの痴漢は蓋し何者ぞ、一読案を拍つて思ひ央に過ぐるものあらん。 ※ …
前回引用した、ブルワー・リットン著、原抱一庵訳『聖人か盗賊か 下編』(今古堂書店 1903(明治36)年)に、村井弦斎が寄せた序の一節を再掲します。 ※ 恋愛小説流行の世となりて、余も又所謂自称純文学者流に遠ざかりぬ、野蛮性なる恋愛談、裏店的なる言文…
報知四天王の一人、原抱一庵の虚栄心というか、山っ気あふれる人柄については、前にも述べました。 一日一弦 報知四天王の頂点に立つ原抱一庵!? - 核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ その抱一庵が訳した『聖人か盗賊か』という本は、異様なまでに…
ひとまず全文打ち込んでみます。130年前の本ではありますが、もし著作権上の問題が生じたら、すみやかに削除します。 ※ 序 外に抑圧する所あり、内に鬱勃する所あり、言はむとして言ふ能はず、聞かむとして聞く能はざる者、変じて而て寓意の文となる、故に寓…
森林太郎こと森鷗外の『帝諡考』(ていしこう)というのは、神武天皇から明治天皇に至る、天皇の諡号(しごう)、つまり「神武」とか「明治」にあたる名前の、出典を調べた本です。労作ではあるのでしょう。「神武」で語句検索すれば出典がわーっと出てくる…
明治時代にも、宇宙を舞台にしたり、宇宙旅行を扱うSFはけっこうありました。村井弦斎の最大の長編『日の出島』でも、ヒロインの雲岳女史は宇宙征服をたくらんでいます。 ※ 「妾 ( せふ )の望む所は、地球の如き小天地に跼蹐 ( きょくせき )するを好まず、…
「浪弦」でデジコレを検索したところ、村上浪六と村井弦斎をまとめた略称として使っていたのは饗庭篁村だけでした。あとは「風浪絃管」という漢語の一部が目立つ程度です。 ただ、広津柳浪と村井弦斎(絃斎と誤記されています)をまとめて「柳浪絃斎の駄小説…
検索したら、少年ジャンプ1993(平成5)年20号、「其之四百十九 もうひとつの結末」とありました。 当時大学生だった私は、近所のコンビニに少年ジャンプを買いに行ったわけですが、そこで小学生たちの会話を耳にしました。 「これ17号と18号じゃない?なん…
以前に引用した、遅塚麗水『照日松』の書評を再掲します。 「麗水此度(原文傍点)は弦斎張りにて、婦女子に面白がるやうものしたり。(略)しかし文学上の価値は新聞小説丈けの事なり」 ((『女学雑誌』(女学雑誌社 1896(明治29)年12月 38頁 より) 同…
デジコレで読める『鷲の羽風』の同時代評が、もう一篇だけ見つかりました。 ※ 弦斎の『鷲鳥の羽風』は「天下後世をして明治の社会に此大抑圧大鬱勃ありしを知らしむるに在るのみ」の途方もなき狂熱なる序文に驚くこと、二百五十頁近き長篇をさまで肩も凝らず…
前前回に引用した文献に、「メツケル将軍」とあったのに、ちょっと違和感がありました。確かメッケルって日本に招聘された時は少佐にすぎなかったよなと。とりあえずウィキペディアの同項を見たら。 ※ クレメンス・ヴィルヘルム・ヤーコプ・メッケル(Klemen…
横道にそれてばかりで、『鷲の羽風』論はいっこうに進みませんでした。 原抱一庵の放言なんかに腹を立てたのがよくなかったのかも知れません。小物の小物っぷりにいらだっていてはきりがないと、自分でもわかってはいたのですが。ひとねむりすることにします…
著者名はなんと読むのか知りませんが、表紙には「陸軍歩兵大尉 関 太常著」とあり、奥付には「兵書出版 軍用雑貨業 兵林館」とも。こういうこてこての軍事技術書が、デジコレで検索した限りでは日本最古のズットナー紹介なのですから面白いです。 火器の進歩…
1889(明治22)年に反戦小説『武器を捨てよ!』を発表し、1905(明治38)年に女性として初のノーベル平和賞を受賞した、ベルタ・フォン・ズットナー(Bertha von Suttner 1843‒1914)。その彼女が、飛行術の戦争への利用に反対した文章です。 CiNiiよりダウ…
木下尚江の代表作『良人の自白』(りょうじんのじはく)の本篇は、明治文学全集の木下尚江集に収録された版を持っているのですが、この続篇(『毎日新聞』連載時の題名は『新曙光』)はその本には収録されていないので、改めて注文しました。作中時間は日露…
妖堂居士 (佐藤儀助)『文壇風聞記』(新声社 1899(明治32)年)という本の106頁に出てくる、ちょっとした話。 「報知新聞の附録、『報知叢話』に麗水、弦斎、浪六、抱一庵文を競ひ」、一時「薬研堀文学」とかいわれていた1890年代。 「一書生、抱一庵を訪ふ…
村井弦斎(1863(文久3)年~1927(昭和2)年)と村上浪六(1865(慶応元)年~1944(昭和19)年)は、明治時代の批評ではしばしば「弦斎浪六」と並べられ、低俗な小説家の代名詞みたいに扱われています。ムライとムラカミという姓が似ているせいか、年齢が…
コナン・ドイル著、延原謙訳『シャーロック・ホームズ最期の挨拶』(新潮文庫 1950(昭和30)年初版 1989(平成元)年63刷)収録の短編、「ボール箱」(1893(明治26)年1月『ストランド』誌初出)より。 本題の「ボール箱」事件に入る前に、ホームズが軽い…
前前回に引用した、『裏錦』誌の、村井弦斎『鷲の羽風』評を再掲します。 ※ 鷲の羽風(原文傍点)は弦斎居士が作也。居士の小説は、万篇一律の感なくんばあらず。其男子は常に体格強壮にして気象快活、闊達剛毅にして質素の生計に甘す。其女子も身体健全にし…
※ ◎(正確には外周円が黒塗り) 鷲の羽風 弦斎作 春陽堂版 (前半略)後世の人は何といふべきかは知らねども、吾人の見る処にては、弦斎(原文傍点)の作中にも此程つまらなく読まれしものはなし。測量技師が鷲を退治し、肺病やみの女を妻にせんが為めに、測…
今日は『鷲の羽風』の同時代評を集めてみようと思います。 ※ ◎鷲の羽風 鷲の羽風(原文傍点)は弦斎居士が作也。居士の小説は、万篇一律の感なくんばあらず。其男子は常に体格強壮にして気象快活、闊達剛毅にして質素の生計に甘す。其女子も身体健全にして剛…
大庭柯公の時流迎合っぷりを見ているとつくづくいやになり、時流に抗する村井弦斎がなつかしくなります。 で、またデジコレ検索ネタではありますが、『弘前図書館六十年の歩み』(弘前図書館 1966(昭和41)年)という本に再録されていた、『東奥日報』1907…
結局一冊しか読まなかったので、大庭柯公(おおば かこう)論ではなく、さしあたって『世を拗(す)ねて』という時評集への感想、ということにしておきます。 たとえば、読書界や出版界の推移の激しさを論じた、「読書界を支配する力」という論では、「トル…