核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

一日一弦 「柳浪絃斎(弦斎)の駄小説は猛火の中に灰燼とせよ」(『火鞭』1906(明治39)年2月 新刊紹介より)

 「浪弦」でデジコレを検索したところ、村上浪六と村井弦斎をまとめた略称として使っていたのは饗庭篁村だけでした。あとは「風浪絃管」という漢語の一部が目立つ程度です。

 ただ、広津柳浪と村井弦斎(絃斎と誤記されています)をまとめて「柳浪絃斎の駄小説は猛火の中に灰燼とせよ」という主張は見つかりました。けしからんと思ってログインし、原文を見たら……考えさせられました。もしかしたら、この記事だけはそう主張する資格があるかもです。饗庭篁村の循環論法とは明らかに違います。

 そもそもこれは新刊紹介欄の、「「イワンの馬鹿」に対する批評」の、「光曰く」として引用された評の一節です。『光』誌というのはマルクス主義寄りの社会主義機関誌のはずですが、ここで引用された『光』誌の評ではトルストイ「イワンの馬鹿」の軍備否定論、平和主義、人道主義、労働主義を絶賛しています。その流れで。

 

 「軍人を賛美し戦勝を謳歌する、柳浪絃斎の駄小説は猛火の中に灰燼とせよ」

  (上掲書 44頁)

 

 つまり、広津柳浪や村井弦斎の小説は日露戦争を賛美しているから、燃やしてしまえという趣旨なのです。

 これは痛いところで、1906(明治39)年初めごろに村井弦斎が連載していた小説『食道楽 続篇』は、「奉天煮」「旅順揚」「遼陽煮」「樺太ケーキ」など、日露戦争の勝利にちなんだ創作料理を紹介していました。日露戦争の勝利で調子に乗っている、料理の道をけがすものだといわれてもしかたがありません。

 一方の広津柳浪(ひろつ りゅうろう)は、「昇降場」(プラットフォーム 1905(明治38)年)という短篇小説を発表しています。これは戦場に送られる兵士とその妹の、プラットフォームでの会話と、それを見た女性の感想という形式で、露骨に与謝野晶子「君死にたまふこと勿れ」をあてこすり、馬鹿にし、軍国主義に媚びる内容です。だから燃やしてしまえなんて私は言いませんが、駄小説といわれてもしかたがありません。

 そんなわけで、今回は村井弦斎のほうに非があると判定しました。できれば『光』誌の原文にもあたって、具体的に誰が書いたのか知りたいです。