核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

村井弦斎『日の出島』「高砂の巻」その1 雲岳女史の小説

 思えばドラえもんジャイ子も、第一話ではしずかちゃんの引き立て役にすぎなかったわけで。「まんが家ジャイ子」あたりで自己表現に目覚め、「やあ首つりだガハハ」→「あたしには才能がないんだわ」と、準ヒロイン的存在への変貌を遂げたわけです。そして虹のビオレッタへ。
 で、われらが『日の出島』の準ヒロイン雲岳女史。この「高砂の巻」でようやく化けます。この時を待っていました。
 まず相棒の細烟女史が、文学少年の馨(かほる)くんに文学談を振ります。

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 「妾(わたし)も今に小説を書いて見やうと思ふことよ、小説は女の仕事だつて此頃誰かが爾(そ)う言つたそうですネ、ホントに男ばつかりが小説を書くのが憎らしいことよ、妾は一つ男の薄情な所を上手に書いて遣り度(た)いのよ、雲岳女史も女権拡張の小説を書くと言つて居たつけ」
 (近代デジタルライブラリー 18/172)
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 そして雲岳女史。あの「文学魔界」論の自称哲学者を罵倒し、「世界の男子が婦人に降伏して女権万歳の天地になる景況を必ず書く」と宣言します。
 「鶴亀の巻」の段階では、弦斎が思想を投影していたのは自称哲学者の方であり、雲岳女史は女権論者の戯画にすぎなかったのですが(少なくとも、私はそう読んでいたのですが)、逆転が起こりつつあるようです。
 ・・・なお、私自身はただの男女平等論者であって、「男子が婦人に降伏する天地」も、男性が女性を抑圧する社会と同様に賛成できない、ということをつけくわえておきます。