欧米帰りで女権拡張論者の乗子(のりこ)と、華族出で文学改良論者の光氏(みつうじ)。この赤居新婚夫婦が上流社会に風雲を巻き起こすという、風変りな物語。ヒロインの挿し絵からしてありがちな明治の美人風ではなく、力持ちで大柄に描かれています。
村井弦斎『日の出島』の雲岳女史との影響関係が気になるところですが、『時事新報』連載は一八九七年とのことなので無関係かも知れません。
文学論のシーンでは、ゾーラ(ゾラ)を軽薄、野卑、猥褻と罵る英国文学派も出てきます。フランス派の光氏はシェークスピア他英国文学にも猥褻で残忍なのはある、と博識をもとに反論します。
乗子が「男卑女尊説」を演説する章(「ペケ」と落書きされてます)は、「女には兵役が勤まるまい(=だから義務を果たしていない)との御議論ならば、男がどんなに力身でも、子供を産で人口を殖す事は出来ますまい」と主張し、反対する男性政治家を怪力でこらしめたりします。
しかし急進的すぎる二人の理想は失敗し、経済的にも打撃を受けます。しかし懲りない光氏は金を稼いだ上でまた文学改良をやると宣言し、乗子も「それでこそ私が最愛の良人(つれあい)、私とても其通り、サア是から気を揃へて稼ぎませう」とのセリフで終わります。
これまで読んだ桜痴の作でもベスト3に入ります。さわやかな読後感です。