核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

フロイト「戦争神経症者の電気治療についての所見」(『フロイト全集17』岩波書店 二〇〇六)

 須藤訓任訳。一九二〇年との日付あり。

 第一次世界大戦下(一九一四~一九一八)、すぐ近くで榴弾が炸裂すると震えや麻痺を起こすといった症状は戦争神経症と呼ばれ、電気ショックによる「治療」が行われていたようです。

 当然、電気治療は苦痛を伴うもので、戦争神経症者がいったんは電気治療嫌さに(?)回復して戦場へ送り返されたものの、激戦下でまた発症して、今度はより強い電気治療、なんてことをやってるうちに、

 

 「この治療の際に死亡に至ったり、治療のせいで自殺に至ったりした事例が存在」

 (同書二三二頁)

 

 したことも、ドイツ軍ではあったようです。治療だか拷問だかわかりません。

 そうした非人道的電気治療を憂えたフロイトは、自らの精神分析理論に基づく、「患者をいたわる、労多く長期にわたる治療」を提案し、「ドイツ軍・オーストリア軍・ハンガリー軍の司令部から正式の使節が」精神分析学会に派遣されたそうです。軌道に乗る前に、ドイツ側の敗北で戦争が終わったわけですが。

 砲弾にすくむ兵士を射殺する前近代的軍隊や、戦争神経症者を電気ショックで「治療」するようなドイツ軍は明らかに非人道的です。しかし、戦争神経症者を「いたわり」、戦場へ送り返すフロイト精神分析治療ははたして人道的なのでしょうか?

 どうもフロイトのこの文書(および、全集16巻に収録された戦争神経症者論)には、戦争そのものが社会の病理・狂気なのではないかといった考察は見られません。そんなのは太平洋戦争後の平和ボケ論だという方もいるかも知れませんが、そうではありません。

 前にも引用しましたが、フロイトの同時代人、製薬会社社長の星一(ほし はじめ)は、狂っているのは戦争を引き起こしたカイゼル(ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世)のほうだと喝破し、彼に平和薬(戦争が嫌いになる薬)を飲ませて戦争を止めるSFを、同じ第一次世界大戦下で書きました。

 末端兵士に「戦争に行きたくなる治療」を施して、また最前線に送り出そうとするフロイトと、はたしてどちらがまともでしょうか?