村井弦斎の全作品を通読しているわけでもなく、それどころか代表作『日の出島』すら読み通していないアンタルキダスですが、弦斎の魅力がどのへんにあるかぐらいは理解しているつもりです。ある方のブログで
哀しみの
甘きをはじめて知りたりし
弦齋居士の小説かなし
甘きをはじめて知りたりし
弦齋居士の小説かなし
という西村陽吉の歌を最近知り、わかるような気がしたものです。ただ弦斎の代表作である百道楽シリーズや『日の出島』なんかでは、むしろ能天気なドタバタ喜劇の芸風が前面に押し出されているのですけれども。
前ふりはここまでにして、弦斎の出世作「小説家」を紹介します。シリアスな架空未来戦記「匿名投書」で新聞小説家デビューを果たした弦斎が、その秘められたギャグセンスをはじめて垣間見せた記念すべき出世作です。
「面白い」という事を知らずに育ったネガティブ令嬢、お君(二人称小説ではありませんが、それを意識してはいると思います)。遭遇する出来事すべてを「面白い」小説の材料に変えてしまうポジティブ小説家、筆廼舎奈麻利(ふでのやなまり)。
「面白い」という概念をお君に教えるために、小説家はあれこれ修業して面白い小説を書こうとするのですが、ついに彼女の心をとらえることはできませんでした。去っていったお君との思い出をつづった小説「未了縁」は、皮肉にも彼の初めての話題作となります。この小説を読んで小説家の秘めた思いに気づいたお君は、再会を期して「未了縁」の結末に書かれた地、唐沢山を訪れます・・・。
(以下ネタバレ)
すれ違いの喜劇をくり返した末に、二人はようやく再会します。事情を知る友人は、小説家に忠告します。
「僕は君に一ツ注文がある、君の小説は近頃余り残忍なのが多いといふ評判だがね、実際僕が見ても君は何時でも美人を薄命の境に陥れたり、罪も無い人を不幸な目に逢せたりするのが好きだ、彼れは読者の感情を害して甚だ不可んよ、今度などもお君さんが斯ふやツて山から出て来て見れば、何も言はずに黙て婚礼して仕舞ひ給へ、此で復た君が理屈を付けてスネると僕等を始め外の人までが殆ど失望するよ、斯ふ何も彼も揃て目出度くなれば今度は君の小説も目出度くなつて宜い訳だ、君一ツ此祝ひに極く目出度ひ極く面白い小説を書いてみないか」
このセリフ、何度読んでもじ~んとくるんですよ。弦斎の娯楽小説家宣言って感じで。泣かせる話だって書けるけど、自分はあえて「面白い」小説を書く!内田不知庵だの森鴎外(彼の「小説家」評はひどいものです)だの文壇人が何を言おうが気にしない!そんな気概がこもっています。
「哀しみの甘き」からは少しずれたかもしれません。甘き哀しみモードの弦斎についてはまた。