核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

木下尚江 「『基督抹殺論』を読むー早稲田雄弁会にての演説」

 1911(明治44)年4月。幸徳伝次郎氏の遺著『基督抹殺論』の書評という名目のもと、早稲田大学大隈講堂での演説の記録です。とりあえず前半をダイジェストでお送りします。
 
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 人の噂も七十五日。無政府党の騒動も最早過去の歴史に埋葬されてしまった。(略)
 「基督抹殺論」―著者秋水の名其のものが直に「危険」と「極悪」とを意味する時、其の獄裡の絶筆「基督抹殺論」の刊行を許された寛大に就ては、政府と社会とに向て篤く感謝せねばならぬ。著者は予に取て実に十年の親友である。彼と予の関係は即ち「同志」であつた。今や彼既に絞台の露と消え、予は無用の身を生きながらへて居る。
 何故に予は彼と共に死ぬることが出来なかつた乎。即ち予は何故に彼と「同志」の手を分たねばならなかつた乎。
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 堺利彦あたりなら「今さら何を言ってやがる」でしょうけど(彼にはその資格があります)、木下尚江にも彼なりの言い分があるのです。日露戦争期には「筆の幸徳、舌の木下」と並び称された最強の非戦論者がユニットを解散した経緯については次回で。