核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

近代文学研究を通して、世界平和を考えています。

福地桜痴 『女浪人』における明治天皇批判

 博士論文でも扱った小説ですが、ネットでの公開は来年になりそうなので、フライング気味に紹介します。
 尊攘志士に婚約者を殺された女性が「女浪人」となり、暗殺や戦争を阻止すべく奔走する架空歴史小説『女浪人』(1902(明治35)年)。
 彼女は大政奉還による、流血なしの政権交代を理想としていたのですが、その理想は討幕の密勅によって裏切られます。憤おった彼女は近衛公を、というよりもその背後にいる明治天皇を問いただします。
 
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   どちらが真の叡慮やら恐ながら下賤の小妾 ( わたくし )どもには更に合点が参りません、まこと討幕の御召で御坐あるならばナゼ大政返上の奏問を御嘉納には相成ました?(略)
   武家では是を二半 ( にはん )と申して此上も無い不徳不義の至と申しまする、恐れ多くも一天万乗の大君 ( おほぎみ )にて蒼生 ( あふひとぐさ )の神とも親とも仰がれ玉ふ朝廷の遊ばされ方とは愚かな小妾 ( わたくし )には存じ奉り兼まする、
『女浪人』 第二十九回其二
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 『明治天皇記』などの資料を読む限り、明治天皇は暴君とか好戦主義者とはほど遠い人物でした。むしろ、戊辰戦争期に幕府側の主戦派だったのは作者桜痴の方であり、彼に(ヒロインをしてとはいえ)ここまでの言を吐く資格があるとは思えません。 
 資格がないことは承知の上で、桜痴は明治天皇の「二半」への批判を書かざるを得なかったのでしょう。あやまちの歴史をくり返さないために。日露戦争の開戦はこの二年後(1904(明治37)年)であり、戦後に出た単行本でも上記の一節はそのまま残っています。桜痴は幕末や明治前期にはいろいろやらかした人ですけど、少なくともこの『女浪人』だけは、平和主義小説として評価できると思うのです。